変わったのは母ではなく、私でした
2025年11月。
母とのLINEを見返していたら、こんな会話が出てきました。
「どうせ、てるちゃんは〇〇してくれないよね。」
私は腹が立って、「そんな言い方しないで、素直に『〇〇して』って言えばいいじゃん!」そう返しました。
あの頃の私は、母の言葉に反応していました。
・そんな言い方しなくてもいいのに💢という、怒りが即座にでてきました。
「何がそんなに腹が立ったのだろう?」と自分に聞いてみると
「やらない」と決めつけられた事、信じてもらえなかった事が悲しかった😭
でも今、そのLINEを読み返すと、見える景色がまったく違います。
「あぁ、これが母の甘え方だったんだ。」そう思えました。
母は昔から、「自分ばかり損をしている」 「誰も分かってくれない」
そんな言葉を口に出さなくても、よく分かる態度をしていました。
私は、その雰囲気を受け止めきれず、苦しくなることもたくさんありました。
でも、今ならわかります。
母は、本当は 「助けて」 「頼りたい」 「寂しい」
そう言いたかっただけなのかもしれない、と。
この7か月で変わったのは、母ではなく私の ” 捉え方 ” でした。

以前の私は、ネガティヴで悲観的な母を変えようとしていました。
でも今は、母を変えようとするのではなく、母の不器用な愛を、受け取れる娘でいたい。
完璧じゃなくていい。
時々イライラもするし、言い合いもします。
でも最後は、「お互い、気をつけようね✨」そう笑って言える親子でいたい。
半年かけて氣づいたこと

12月。
沖縄に母と引っ越してきて、5年が経ちました。
最近になって、母の心臓の持病が悪化し始め、不安な気持ちが大きくなってきたようです。
「何かあったときに、すぐ来てもらえる環境で暮らしたい。」
そんな思いを姉に話したことがきっかけで、愛知へ戻ることが決まりました。
ちょうどその頃、姉も自宅の近くでサロンを開く場所を探していたため、母もそこへ引っ越すことになりました。
ところが、思うように新しい住まいが見つからなかったり、体調を崩して入院することになったりと、予定は何度も延期に。
「今度こそ。」
そう思っては延期になり、また延期になり…。
母も、早く愛知へ戻りたいのに戻れない。
最初は「どうしてこんなにスムーズに進まないんだろう?」と思っていました。
でも、ふと氣づいたんです。
現実が私を止めているのではなく、私自身が、次に進む覚悟をまだ決め切れていなかっただけなのかもしれない。
人は、次に向かう場所が見えていないと、今いる場所を手放せません。
それは弱さではなく、ごく自然なこと。
だから今は、「何を終わらせるか」よりも、「これから何を創っていきたいのか」を、少しずつ明確にしていこうと思っています。
人生は、終わらせてから次へ進むだけではなく、次に進むと決めたからこそ、自然と終わりが訪れることもあります。
そんなことを、母との時間や日々の出来事が教えてくれています。
愛とは、信じること
2026年6月。
無事に愛知へ戻り、楽しく生活を楽しんでいると思っていました。
そう思っていた矢先、母は体調を崩し、入院しました。
最初は「また…」という気持ちでした。
そして、姉から「高熱が出て、意識がもうろうとしている。」
と連絡をもらった時、胸が締めつけられるような思いになりました。
「今、私にできることは何だろう?」そんなことばかり考えていました。
でも、不思議だったのは、心に一番強く浮かんできたのは、
「母が苦しくありませんように。」という願いだったこと。
寂しい。
心配。
不安。
いろいろな感情があるはずなのに、その奥には、ただ母が穏やかでいてくれたらいいという想いがありました。
そして、その時、初めて氣づいたことがあります。
私は、「母が誇りに思ってくれるような人でありたい。」そう思ったのです。
同居してから、ずっと一緒に暮らしていた時には抱いたことがない感情に、自分でも驚きました。

母は、81年間、自分のことよりも家族を優先して生きてきました。
私たち子どものために。父のために。周りの人のために。
どんなに寂しくても、どんなに辛くても、弱音を吐かず、自分には厳しく、人には優しく。
そんな母の背中を見ながら、私は育ちました。
だからこそ今、思います。
母からもらった愛を、私だけのものにしてしまわないために。
これからは、その愛を、出会う人たちへつないでいきたい。
保育を通して。
経営を通して。
日々のあり方を通して。
私が経験してきたことや、悩み、氣づきが、誰かの勇気になったり、「今日も大丈夫」と思えるきっかけになったら、こんなに嬉しいことはありません。
人生は、思い通りにならないことがあります。
大切な人が病気になることもある。
突然、不安に襲われることもある。
それでも、その出来事を通して、自分はどう生きたいのかを見つめ直すことができます。
この半年で経験したこと。
悩んだこと。
涙したこと。
そして、その中で見つけた小さな氣づき。
その一つひとつが、我が子や、誰かの心を少しでも軽くしたり、「私も大丈夫👌」と思えるきっかけになったら嬉しい。
私が思う愛とは、「信じること」。
「大丈夫💦」と不安をごまかすのではなく、「大丈夫👌」と、その人の力を信じて伝えること。
今回の母の入院は、私にそんなことを教えてくれました。
母に会ったら、たくさんの「ありがとう」を伝えたい。
そして、母から受け取った愛を、これからは一人でも多くの人へ届けていきたい。
それが、今の私にできる恩返しなのだと思っています。










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